こんにちは! 超せまっ!ワンルーム2人暮らしのまさすみ(夫)です。

前回は老子第8章を紹介しました。↓

シリーズ老子8章:上善は水のごとし。水のように生きるのが理想的。

今回は、第9章。

物が豊富だったり、社会通念の考え方にとらわれ過ぎている現代にマッチします。
仏教の中道にも通ずる内容です。

それでは、ご覧ください。

老子 第9章の原文

持而盈之、不如其已。
揣而鋭之、不可長保。
金玉滿堂、莫之能守。
富貴而驕、自遺其咎。
功遂身退、天之道。

9章の訳・私の解釈

持ちきれる限界まで持つと、持ち続けることができない。
刃を鋭くし過ぎると、刃こぼれしやすくなる。
高価なモノがありすぎると、守るのに苦労する。
富や地位を得て偉そうにしていると、みずから災いを招く。
事を成し遂げたら身を引く、それが天のやり方である。

解説・私の思うこと

「持而盈之、不如其已。」

訳:持ちきれる限界まで持つと、持ち続けることができない。

欲張ってたくさん手に握れば、結局ポロポロと落とすことになります。
同じように器にギリギリまで水を入れれば、こぼれないようにするのに一苦労ですね。

欲張らずにほどほどが良いと、老子は言っているのですね。

「揣而鋭之、不可長保。」

訳:刃を鋭くし過ぎると、刃こぼれしやすくなる。

刃が鋭いのがダメということではなく、極端に何かをすることにはデメリットもあるという例ですね。
物事をやり遂げることも大事ですが、多くの場合、そのために何かを代償にすることも多いですね。

ほどほどにすることで、両取りすることもできるのではないでしょうか。

「金玉滿堂、莫之能守。」

訳:高価なモノがありすぎると、守るのに苦労する。

以前の章でも似たような内容がありましたね。

富がありすぎることで盗まれたり、嫉妬の対象になったり、身の危険を生む可能性もあります。
実際、大金持ちの人が狙われるニュースをたまに目にします。

常にボディガードに身を守ってもらえるほどの飛び抜けた富豪であれば、また違う可能性もありますが、そこそこの富を見せびらかすのは危ないのかもしれません。

富を得る力があるのは凄いことですから、得た富をうまく使えれば、人々が感謝し、徳も高まるのでしょう。

「富貴而驕、自遺其咎。」

訳:富や地位を得て偉そうにしていると、みずから災いを招く。

最近の政治的なニュースの登場人物を見ていて、まさにこう感じました。
ふんぞり返っている人は、他人からどのように見られているかも麻痺してしまっています。
足元をすくわれて転げ落ちるのは、敵を作ってしまっているからですね。

こうなる前に、老子が推奨するのが次の句です。

「功遂身退、天之道。」

訳:事を成し遂げたら身を引く、それが天のやり方である。

これは、この世界がうまく循環するための法則でもあります。

老子の時代では権力を持った者が力を振るっていました。
今も同じですね(笑)

権力者がいつまでもその地位にいると、次代の人たちが経験を積むこともできません。
また、権力者がみずからの地位や利益を維持しようとするために、いつまでも古い体制のままになってしまいます。

政治でも会社でも、どんな組織でも言えることです。
自分の得意分野を活かし、それを成し遂げたら次代に託す。
自分は新たなことに取り組む。

「一生懸命に」「責任を持って」は大事なことですが、特に日本人はそのせいで「託す」「任す」が下手なのかもしれませんね。

自分の経験で言いますと、私は経営者としての立場もありますが以前はたくさん口出ししていました。
そのことが色々と弊害も生んだように感じます。

最近は全く何も言いません。忙しいときにヘルプで行くくらい。
管理職の社員さん達とスマホでのやり取りで十分。
それはそれで問題もあるかもしれませんが。。

実際、社員に話したことがありますが、もし社員の誰かが「社長をやりたい」と言ってきたら、本気で「どうぞ」と譲る気です。

あとがき

「何事もほどほどがいい」と、いつからか思うようになりました。
何かを「極端に行う」ということは無理をしているし、強い執着を感じます。

私はアラフォーとなり、今考える自分の人生の後半戦は「執着心をゆるめること」。

「執着心を無くす」でもいいのですが、これもやや極端で「無くしたい」という執着があるんですよね。
一方、「ゆるめる」は、ありもするけど、ありすぎない。

やっぱり、ほどほど=中道が心地よいと感じます。

ご覧頂きまして、ありがとうございました!

 にほんブログ村 ライフスタイルブログ 二人暮らしへ

スポンサードリンク