こんにちは! 超せまっ!ワンルーム2人暮らしのまさすみ(夫)です。

前回は老子第4章を紹介しました。↓

シリーズ老子4章:謙虚な人のほうが愛される。

今回は、第5章。

老子は、しばしばタオのことを語る際に、「〇〇と似ているでしょ」と例に挙げることが多いです。
今回は、鍛冶屋さんが使う「ふいご」が登場します。

老子の時代に存在していたものの中で、例として適していたのでしょう。
さて、「ふいご」のどんなところが、タオと似ていると言っていると思いますか?

それでは、ご覧ください。

老子 第5章の原文

天地不仁、以萬物爲芻狗。
聖人不仁、以百姓爲芻狗。
天地之間、其猶槖籥乎。
虚而不屈、動而愈出。
多言數窮。不如守中。

5章の訳・私の解釈

自然の働きには、感情がなく、えこひいきをしない。
祭られた後に捨てられるワラの犬のように、全てのものが生み出されては壊される。
タオを知る人も同じで、人間の「生き死に・来る去る」をあるがままに見ている。

天と地の間の空間は、風を送り出す「ふいご」のようだ。
ふいごは空っぽだが尽きることもなく、動かすほどにどんどん風を生み出す。

多くを語ると、しばしば行き詰まる。
タオと同じように、心を空っぽにしておく方がいい。

解説・私の思うこと

「天地不仁、以萬物爲芻狗。」
「聖人不仁、以百姓爲芻狗。」

訳:自然の働きには、感情がなく、えこひいきをしない。
祭られた後に捨てられるワラの犬のように、全てのものが生み出されては壊される。
タオを知る人も同じで、人間の「生き死に・来る去る」をあるがままに見ている。

本来のあるがままの世界には、解釈がありません。
人間があれこれ価値を付けたり、喜んだり、悩んだりしているのは解釈をしているからです。

自然は、時に天災と呼ばれるような大災害で多くの命を奪うことがあります。
また、弱肉強食の自然界では、無慈悲に強い者が弱い者の命を奪います。

人間の視点から見れば、悲しいことや残酷なことも、タオや自然という大きい視点では、淡々とただ物事が起きているだけ、命の躍動が流れているだけなんですね。

「芻狗」は「すうく」と読み、祭礼のときに使われるワラで出来た犬の人形のことです。
このワラの人形は、祭礼のために作られ、それが終わった後には捨てられました。
人間が生み出しては壊すわけです。

老子の時代の人間にとって、このワラの人形を作ること、燃やして捨てることは、ごく普通のことだったのでしょう。

自然(宇宙)にとってみれば、すべてのものが生まれ、壊れていく(死ぬ)ことは、ワラの人形と同じということなんですね。

また、この摂理を知るタオを生きる人は、人間をワラの人形と同じように見ている、ということです。

これは、バカにしているとか、命を軽視しているという意味ではなく、人間もこの世界に生まれて、いずれは死んでいく存在だということを表現しています。
それをあるがままに見ているということです。

人間関係においても同じように言えるのかもしれません。
人が生きていく中で出会いと別れがあり、この意味での「来る去る」も考えられます。

もし、聖人のもとに人が尋ねれば歓迎し、自分のところから去って行ったとしても追うことはないでしょう。

「天地之間、其猶槖籥乎。」
「虚而不屈、動而愈出。」

訳:天と地の間の空間は、風を送り出す「ふいご」のようだ。
ふいごは空っぽだが尽きることもなく、動かすほどにどんどん風を生み出す。

ふいごの中は空っぽだからこそ、空気を送り出すことができます。
ふいごから出てくる風のように、タオ(空間)から、すべてのモノが生まれてきます。

他の章でも出てきたように老子の言う「空っぽ」は「無=何にもない」という意味ではなく、空(くう)です。

空(くう)とは、目に見えない無限のエネルギーや可能性が詰まった空間のようなイメージです。
そのタオの性質をふいごに例えているのですね。

物質的なモノも概念などの抽象的なモノも、必ずそれが存在するスペース(空間)が必要です。
物質であれば、この3次元の空間がそうです。
概念は、思考の中に生まれるので、思考という表現のできない空間が必要です。
思考というスペースが無ければ、概念は存在することができませんよね。

では、それらのスペースは何から生まれたのか?

辿っても無限に続いてしまい、結論としては「いつからか存在していた」ということになります。
それもタオなんですね。

「多言數窮。不如守中。」

訳:多くを語ると、しばしば行き詰まる。
タオと同じように、人間は心を空っぽにしておく方がいい。

タオが空(くう)だから、すべてのものを生み出す。
ふいごの中も空っぽだから、風を生み出せす。
だから、人の心も空っぽにしておく方がいい、と老子は言っているのですね。

逆に、あれこれ悩んだり、べらべらしゃべったり、偉そうに語ろうとすると、墓穴を掘ることになるということです。
現代社会では、ストレスで心が一杯になり、病気になったり、争いを生むニュースをよく見ます。
これも心の余裕(スペース)の無さが原因と考えられます。

詰め込み過ぎずに、いつも心や時間に余裕を持つ。
だからこそ、その隙間に新たなアイデアやチャンスが生まれたり、危険を回避する余裕が生まれるのですね。

あとがき

いかがでしょうか?

「バカになれ」という言葉がありますが、これも「頭が悪い=バカ」というよりは、「空っぽ」になって何でも吸収する、という意味で使われます。

私は、「空っぽ」っていう表現も響きも大好き。
空っぽに秘められた力を引き出すには、いつも心に余裕を持つといいのかもしれませんね。

ご覧頂きまして、ありがとうございました!

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