こんにちは! 超せまっ!ワンルーム2人暮らしのまさすみ(夫)です。

前回は老子第19章を紹介しました。↓

老子19章:誤った社会通念を捨てれば、人は百倍幸せになる。

今回は、第20章。

この章でも老子は儒教のことを取り上げて、それに対しての考えを述べています。
礼儀や知識を増やすことよりも老子がもっと大切にしていること。
それが理解できると余計な心配は無くなるかもしれません。

それではご覧ください。

老子 第20章の原文

絶學無憂。
唯之與阿、相去幾何。善之與惡、相去何若。
人之所畏、不可不畏、荒兮其未央哉。
衆人煕煕、如享太牢、如春登臺。
我獨怕兮其未兆、如孾兒之未孩。
儽儽兮若無所歸。
衆人皆有餘、而我獨若遺。
我愚人之心也哉、沌沌兮。
俗人昭昭、我獨昏昏。
俗人察察、我獨悶悶。
澹兮其若海、飂兮若無止。
衆人皆有以、而我獨頑似鄙。
我獨異於人、而貴食母。

20章の訳・私の解釈

学ぶことをやめると心配事が無くなる。
「はい」と答えるのと「うん」と答えるのにどれほどの違いがあろうか。
行儀が良いのと悪いのを比べて、どれほどの違いがあろうか。
人が畏まる場所であれば畏まらざるを得ないが、それでは本質にたどり着けない。

人々はごちそうを食べたり、春の景色を楽しむかのように喜々としている。
私はそういうこともなく独りでじっとしている、まるでまだ笑うことも知らない赤子のよう。
ぐったりとして帰る場所もないかのようだ。

人々は貯えがある、私は独り失ったかのよう。
私は愚か者かのように、ぼんやりしている。
人々はキラキラしている、私は独り暗がりにいるよう。
人々はきびきびしている、私は独りノソノソとしている。

まるで海にただよい、行く当てもない風のようにそよぐ。
人々は役割を持っているが、私は独り役立たずのようだ。
人々と違って私にとって大切なことは、大いなる母性に生かされていることだ。

解説・私の思うこと

「絶學無憂。
唯之與阿、相去幾何。善之與惡、相去何若。
人之所畏、不可不畏、荒兮其未央哉。」

訳:学ぶことをやめると心配事が無くなる。
「はい」と答えるのと「うん」と答えるのにどれほどの違いがあるか。
行儀が良いのと悪いのを比べて、どれほどの違いがあろうか。
人が畏まる場所であれば畏まらざるを得ないが、それでは本質にたどり着けない。

学びを捨てろとは極端な表現ですね。
ここで老子が言う「学び」とは儒教を意識していて、形だけの仁義や礼儀、小賢しい知識のことを指していると思われます。
現代でも礼儀や仁義は必要とされますが、以前の章であったようにそれが弊害になったり、小利口になることで不安も増えます。

老子は日々の生活に何かを足していくのではなく、削ぎ落としていくことに着目しているのです。
私は老子こそがミニマリズムの究極の形だと考えます。
本物のミニマリストは肩書も必要ないし、「自分はミニマリスト」とわざわざ言わないものです。

小賢しい知識を削ぎ落としていくと、同時に執着も削ぎ落とされる。
これは老子が何度も語っていることです。

「衆人煕煕、如享太牢、如春登臺。
我獨怕兮其未兆、如孾兒之未孩。
儽儽兮若無所歸。」

訳:人々はごちそうを食べたり、春の景色を楽しむかのように喜々としている。
私はそういうこともなく独りでじっとしている、まるでまだ笑うことも知らない赤子のよう。
ぐったりとして帰る場所もないかのようだ。

一見、寂しい老人の愚痴かのように聞こえますが、この章の一番最後に言いたいことへの伏線です。
老子はあえて、寂しい老人の姿のように表現しています。
周りの人から見れば変人ですが、老子自身は人にどう思われるかなど考えていません。

「衆人皆有餘、而我獨若遺。
我愚人之心也哉、沌沌兮。
俗人昭昭、我獨昏昏。
俗人察察、我獨悶悶。」

訳:人々は貯えがある、私は独り失ったかのよう。
私は愚か者かのように、ぼんやりしている。
人々はキラキラしている、私は独り暗がりにいるよう。
人々はきびきびしている、私は独りノソノソとしている。

まるで物質主義、効率主義の現代人のあり方を指摘しているようにも感じます。
老子はこういったものにも全く価値を感じていない。

仮に一銭も持っていなくても何の不安もないのでしょう。
以前の章でも老子は、お金をたくさん持ち過ぎれば狙われたり、失った時の落差が大きいとも言っていました。
老子にとってはお金がないくらいのほうが安心なのかもしれません。

実際にテレビでもこのような人を見たことがあります。
そういう人はお金の不安から解放されているんですね。
自分もそうしたいとは思えませんが、執着がないゆえの強さは羨ましく感じます。

「澹兮其若海、飂兮若無止。
衆人皆有以、而我獨頑似鄙。
我獨異於人、而貴食母。」

訳:まるで海にただよい、行く当てもない風のようにそよぐ。
人々は役割を持っているが、私は独り役立たずのようだ。
人々と違って私にとって大切なことは、大いなる母性に生かされていることだ。

誰にも何にも干渉されない生き方。
孤独のようでもありますが私はとても憧れます。

老子にとって、今この瞬間を生きている事が最も大切なことで、それ意外には価値を感じていない。
だからこそ、他の人と違ってもお金がなくても大した問題ではないのですね。
過去や未来を心配するのではなく、「今、生きていることに感謝しなさい」ということです。

あとがき

私はもし全く貯金がなければ絶対に不安になります。
老子が言っているのは究極なので、ほどほどが実践しやすいですね。

お金お金と考えなくても普通の生活の中で、自然とある程度貯まるのが私の理想です。
大きな利益を求めて大きな投資した際に増えればよいですが、常に増える減るを心配することで自ら不安を作り出す原因になってしまいます。

何事もほどほどにして、自分らしく今を生きることができるのが一番の幸せなのですね。

ご覧頂きまして、ありがとうございました!

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