こんにちは! 超せまっ!ワンルーム2人暮らしのまさすみ(夫)です。

前回は老子第18章を紹介しました。↓

老子18章:「愛や道徳が必要」と言わなくても良い時代は来るのか。

今回は、第19章。

この章は前回の18章の続き、補足のように読み取れます。
儒教の「仁義」に対しての批判的な内容も垣間見れます。

それではご覧ください。

老子 第19章の原文

絶聖棄智、民利百倍。
絶仁棄義、民復孝慈。
絶巧棄利、盗賊無有。
此三者、以爲文不足、故令有所屬。
見素抱樸、少私寡欲。

19章の訳・私の解釈

美徳や知恵を捨て去れば人民は百倍幸せになる。
仁義を捨て去れば人民は再び孝行するようになる。
策略や利益を追うのを止めれば盗賊はいなくなる。
これらは言葉足らずゆえに、どのようにすれば良いか言おう。
飾らず素直で純朴、自己を控えめにして欲張らないことである。

解説・私の思うこと

「絶聖棄智、民利百倍。
絶仁棄義、民復孝慈。
絶巧棄利、盗賊無有。」

訳:美徳や知恵を捨て去れば人民は百倍幸せになる。
仁義を捨て去れば人民は再び孝行するようになる。
策略や利益を追うのを止めれば盗賊はいなくなる。

私がこの句を見て最初に思ったのは、人間が自分たちで価値を付けたりルールを決めたのに、それに自ら縛られているということ。

また、不完全な自分を自分で作り上げ、勝手に不幸になっている。
それを止めるだけで幸せにならないかい?と老子が言っているような気がします。

自分たちが作った誤った社会通念が無ければ人間は本来の生き方ができ、他人との隔たりも少なくなる。
周りと調和することによって形だけの仁義などを叫ばなくても自然とそういう生き方になるということですね。

「此三者、以爲文不足、故令有所屬。
見素抱樸、少私寡欲。」

訳:これらは言葉足らずゆえに、どのようにすれば良いか言おう。
飾らず素直で純朴、自己を控えめにして欲張らないことである。

以前の章でも語られてきたように「執着をゆるめる」「足るを知る」です。

私はこの件を考えると、未だ現代の文化文明に接触せずに暮らしている部族が思い浮かびます。
彼らには彼らなりの苦労や不便なこともあるでしょう。
しかし、争いや利益追及、他人との比較といったものは私たちよりも明らかに少ない。
老子が言うタオに近い生き方です。

では、自分がその生き方をしたいか?と言われれば、私はやっぱりNOです。
今の日本の生き方に慣れた人間にはなかなか難しいですね。
でも、私は日本のような環境でも心の持ち方次第で老子の言う心の豊かさは得られると考えます。

あとがき

いかがでしょうか?

この章もわかりやすい内容でした。
しかし老子の教えはシンプルだからこそ実践が難しい。

解釈をしようとする自我をなるべく抑えて、あるがままに物事をとらえる。
心を空っぽにしたり、一生懸命になれることに没頭する時間を多く作ることが近道なのだと私は思います。

ご覧頂きまして、ありがとうございました!

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